シガテラ


バイクが欲しいと言い続けてはや2年。
今年の夏に免許を取るべく、貯金を再び開始した。


「バイクが欲しい」と思うたびに思い出す漫画がある。
古谷実「シガテラ」だ。

シガテラ(1) (ヤンマガKCスペシャル)

シガテラ(1) (ヤンマガKCスペシャル)

この漫画、バイクが欲しくて堪らなかった高校三年生当時、授業中に借りて読んだ。
当時だからこの漫画の異常さに対応できた気がするけれども、今読むと精神に支障をきたしそうで正直恐い。(おおげさか)


古谷実の代表作といったら「行け!稲中卓球部」。これは有名。
卑猥極まりないネタと、個性を通り越して変態的な登場人物たちが引っ張るギャグ漫画で、卓球部員であった僕はこの下品さに共鳴した。
古谷実がこの下品ナンセンス漫画の舞台に卓球部を選んだのは実に納得できちゃうわけだ。
しかし、「稲中」以降、古谷実の作品はすべからくシリアスな作風になっていて、「稲中」しか読んでない人はギャップに驚きそう。


シガテラ」の主人公、荻野優介はいじめられっこで、勉強も駄目で、顔もいまいちだ。
彼が唯一希望を見いだしいているもの、それがバイクだった。
荻野くんは通いだした教習所で知り合った、容姿端麗な南雲ゆみとなぜか交際を始める。
それから荻野くんの日常はムカつくほど好転。いじめがなくなり、バイクを手に入れ、南雲さんの助けを借りて浪人しながらも大学に無事合格する。
極めつけに最終話で描かれているのは、南雲さんではない別の女性と同居する社会人の荻野の姿である。


このように書くと「駄目男がいきなり美女とラブラブ人生も好転!」になってしまうが、「シガテラ」の恐さはこの幸福の裏の書き出し方。
周囲の人間の不幸、汚さ、欲望が嫌になるくらいリアルだ。
人の持つ暴力、性欲、金欲が二人と交わりそうで、交わらない絶妙なところで描かれる。
古谷実伝統のブスをブスと、ブサイクをブサイクとして書く姿勢もまったく変わらない。
けれども荻野くんはそれらをかすめて、南雲さんとのラブラブ生活を続けるわけだ。
荻野くんと南雲さんがこの漫画で奇妙に浮いて見えるのはそのせいだろう。
この二人から、シガテラ(=毒)が染みだして行く様子が無表情に淡々と書かれる。
読者は「おい荻野!」と叫びたい歯がゆさにかられながら、最後までこの超現実に付き合わされるのだ。


いやー書いてみたけど1年半たった今でもしっかり覚えてるわ。
それだけ印象深かったてのは事実なんだろう。ただ読み手は選ぶかな?ラブコメを期待して読んではいけない。
日々思い過ごしがちな人生の持つこの種の恐さを書ける古谷実はすごい。
荻野くんがいじめを受けながらも心から吐く「ああバイクが欲しい」というセリフが今でも頭から離れない。


ああ、僕もバイクが欲しい。