海はきこえているか?

「ジブリで何が一番好き?」という質問をされた日本人は相当多いだろう。
こんな質問が成り立つのも鈴木プロデューサーとか日テレとか徳間書店の戦略のうまさなわけで、アニメスタジオの名前がここまで一般レベルで語られるのは脅威としか言いようがない。
Production I.Gで何が一番好き?」とか「ガイナックスで何が一番好き?」とかいう質問になると急激にマニアックになってしまうわけだ。
要するに一般的には「ジブリ=宮崎駿とそれっぽい絵柄の作品」なわけで「ジブリ=アニメスタジオの一」ではないのだろう。
つまるところ「ジブリで何が一番好き」は「スマップで誰が一番好き?」的な軽いノリなわけだ。
だからこの質問に「ナウシカ」と答えた人に対して、「ナウシカスタジオジブリ設立前の作品だから厳密にはジブリ作品ではないよ」などと言ってはいけない


この質問の答えで最も出にくい回答の一つは、「海がきこえる」じゃないのかな。

海がきこえる [DVD]

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海がきこえる」は映画として公開はされていない。通常のテレビ枠の中で放送されたのでジブリ作品でもかなりマイナー。
スタジオジブリの若手を育成するプロジェクトで作られたらしいが、僕はこの作品は素直におもしろいと思う。
この作品の一年後、ジブリ高畑勲監督の「平成狸合戦ぽんぽこ」を公開するが、僕はおもしろさで言うのなら「海がきこえる」が勝っているように思う。


海がきこえる」はほろ苦い、とも言えない、ロマンチック、とも言えない、しかし確かな共感が存在する青春ドラマだ。
主人公が思いを寄せるのはかなり性格に欠陥ありな嫌われ者の女の子。そして彼女に思いをよせる主人公の親友。
実は女の子は優しさを、まるで照れを隠すように隠していて、そして男ふたりもそれをわかっている。
クラスで孤立し、わがままに振る舞おうとも、彼女のボロボロの内面はしょっちゅう顔をのぞかせる。
この三角関係と、どこにでもある高校生活がリアルな土佐弁とともに淡々と描かれる。
この作品は何も始まらず、何も終わらない。ただ、多くの人が経てきた「大人になっていく様子」がそこにはある。
アニメという二次元世界にあますことなく表現されたその情景は、実写よりはるかに説得力のある「現実」になっている。
アニメというフォーマットの利点を、当時の若いジブリスタッフはよく見抜いていると感じられた。


結局女の子と主人公は両思いなわけだが、素直になれない二人。
大学に進学した二人が吉祥寺駅のホームで素直になるとき、二人は静かに「大人」になる。
その瞬間の美しい色調で描かれた夏の風景に、僕たちは安心と、そして寂しさを感じずにはいられない。
見たあとの余韻が伸びていく先は、視聴者自身に他ならないように思える。


ということで「海がきこえる」。今まで避けてきた人も多いかもしれない。
感動の押しつけばかりの作品を見飽きた人にはおすすめの作品だ。